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調理道具の話。
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基本的に僕はなんでもオリジナルのものを作るのが好きなのですが、写真と違って料理は食べてしまえばなくなってしまう。そこがとても気に入っています。それ自体はなくなってしまうけれど、実は料理は残るものなのです。料理は、時には写真よりも残るのではないかと思うのです。
僕が作ったあの料理をまた食べたいという人がいる。その料理はその人の味覚を通して記憶の中にしっかり残ってくれている。そういうことが、時々あります。僕でさえ忘れていた僕が昔その人に作った料理の話を不意にされてびっくりすることが時々あるのです。感覚のフィルターを通した記憶というのは色褪せないことが多いのですよね。
料理をする上で大切なのは、僕は調理道具だと思っています。何事も形から入るというのは、実は結構大切なことですよ。
良い調理道具というのは、触ればよくわかるけれど本当によくできていて、デザインもクールです。そこにあるだけで料理に対するモチベーションをあげてくれます。
僕は少しずつ調理道具を揃えていて、今現在うちの台所は結構賑やかです。フライパンは五つ、リバーライトの鉄のフライパンが大きさ違いで二つ、ティファールのオムレツパン、業務用のアルミのパスタ用パン、中華鍋。
鍋もたくさんあります。ルクルーゼ、昔から使っている雪平鍋、パスタ用のステンレスのものなど。
包丁は基本的に一本のみです。以前僕の料理のお礼にと友人からプレゼントされて以来すごく気に入っているグローバルナイフのペティナイフ。僕はこれしか使いません。何と言ってもデザインがとても良いです。柄が刃と一体になっていて、刃の長さも慣れると小回りがきいて良いのです。休みの日に時間があればせっせと研いでいます。
僕はカメラも調理道具もプロ仕様のものに対する憧れはないんですよね。プロフェッショナルのものでも自分に合うとは限らないので。ただ我慢して安かろう悪かろうのものを使ってると料理も写真も下手になってしまうと思います。ある程度のレベルになればそのレベルにみあったものを使うことは、さらなるレベルアップにつながるでしょう。
今も欲しいと思ってる調理道具はいくつかあるのですが、少しずつ揃えていきたいと思っています。
もし、また新しいものを手に入れたらここで紹介するかもしれません。料理好きな人は楽しみにしていてください。
| Moblile | 11:43 | comments(0) | - | pookmark |
望遠レンズと世界のバランスの話。
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    僕はあまり怒ることはないのだけど、時々、本当に数年に一度くらいの頻度で、どうしても許せない出来事が起こる。その時には大抵ものすごく怒ります。

    心のキャパシティは人によって違っていて、怒りの導火線の長さも、火の着きやすさも人によって様々ですよね。

    『怒る』ということは、どういうことかという話を、数年前に僕はある友人と自宅で酒を飲みながらしたことがあります。怒るということは、感情が抑えきれなくなり、ヒステリックになったり、誰かにその感情をぶつけたりすることだ。それとは別に『叱る』という言葉があるけれど、これは相手に対して間違っているということを教える手段であって、わりとこの二つは似た様な感覚で使われることがあるけれど、完全に違う言葉なんだ。というような話をしたことがあります。

    この話をした友人は常に論理的に物事を考える人で、僕の周りでは他にはいないタイプです。彼の話し方は、まるで論文を読んでいるようなのです。彼の話には大抵根拠があるんです。そしてまた根拠を僕の話に求める。僕と彼は時々そのように、色々な物事に対しての議論を酒の席でしたものです。

    とにかく僕は普段はあまり怒らないのです。なぜかと言うと、たぶんそれは僕が基本的に人は多様だからこそ、世界のバランスが取れていると思っているからです。

    世界の全ての人が良い人だったら良い世界になるでしょうか?あるいは、なるかもしれません。まず、そんな世界はありえない。それに、その世界はとても面白くないでしょうね。

    悪い人がいるからこそ良い人が際立つ、良い人がいるからこそ悪い人が際立つ。僕たちの生きているここは、まさにそういう世界ですよ。だからこそ僕は生きて行くことが面白いのではないかなと思うのです。

    だから、僕は『必要悪』という言葉が結構好きなのです。クールな言葉だと思います。

    僕は誰とでも仲良くはなれません。僕と合わない人はもちろんいます。でも、誰とでも仲良くすべきだという人が実は結構いるのです。僕はそういう人を望遠レンズさんと呼びます。(こっそり心の中で。)

    それは視野が狭い人のことを指します。それゆえに、自分の正しさを他人に示したがる人のことです。それが良いか悪いかは別として。

    例えば家族のことついて。仲の良い家族はたくさんいるし、それは理想なのだろうと思います。

    でも、そうじゃないことが悪いわけではないのですよね。だって、生まれてくる家庭、親、環境などは自分では選べないわけだから。

    だけど、親は大切にしなきゃならない。そう叱る望遠レンズさんは多いです。でも、そんな単純なことではない。当の本人にしてみれば、私とうちの親の何がわかるんだ!と思うのは当然です。だって、その家の中で実際に何が起こっているか、なんていうことは他人である望遠レンズにはわからない。おそらくもし望遠レンズが家族であったとしても、当人同士でなければわからないことは本当にたくさんあると思う。

    だから、僕は他人の家の中の事に軽々しく口を挟むべきではないと思います。もし意見を求められても僕はできる限り口は出さないようにしています。外国人と軽々しく宗教の話をしないのと同じです。そこには僕の知らない、決して触れてはいけないものがあることが多いから。

    でも、親を大切にするべきだと叱る人も、おそらくその人のためを思って、言わば老婆心から言っていることなのです。だから、きっとこういう場合には、お互いに違和感を持ってしまい、それを拭いきれないでしょう。

    だけど、そういう違和感さえも僕は、この世界のバランスを取るために必要だと思うのです。

    本当に難しいですよね。でも、難しいからこそ、僕はいろんなことを知り、理解しようと思っています。

    でも、他人をどうしても許せないことはあります。自分が自分でいるために、世界のバランスのことさえも忘れてしまわなきなゃならない時です。

    だけど、そういう怒りの内容について語るのは、僕は公衆の面前で服を脱いでいるようなものです。怒りは感情。ディープな感情を他人にみせることは恥ずかしいことです。だからここで話すのはやめておきます。もし僕とお酒を飲む機会にこの話を覚えていたら聞いてみてください。お酒を一緒に飲むくらい親しい人には話しますから。

    そういえば、僕が20代の時には、公衆の面前でよくガールフレンドと大げんかをやらかしたものです。海外の町中で一目も憚らずよくやりました。通り過ぎる人たちは、おそらく僕たちを『おい、あれ見てみろよ。なんか変な中国人カップルが大げんかしてるぜ!』というような目で見てたのではないかなあ。でも、若いときには恥じらいの気持ちなんてものは、強い怒りの感情の前では風前の灯火ですよ。最近の草食系の若者たちはそういうことはあまりないのかな。

    でも本当に時々だけど、街中で思いっきりケンカをしてるカップルを見ると僕は二十歳前後のことを思い出します。僕はなんだか良いなあと思ってしまうんですよ。

    大人になるに連れて、僕の怒りの導火線というのは、結構長くて、火も着きにくい素材になりました。しかしその分、一度火が着いてしまうと、自分でも消すのは難しいのですよね。

    それと僕の中では昔大爆発したいくつかの火が完全には消えずに燻り続けています。そういう火を否定せず持ち続けていることは、僕の写真にとっては必要なことなのかいなあと、思うのです。

    | Moblile | 18:01 | comments(0) | - | pookmark |
    天と地の守り人。
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      上橋菜穂子さんの守り人シリーズも残すところあと二冊になりました。
      先日、天と地の守り人のロタ編を読み終わって、あとはカンバル編、新ヨゴ皇国編を残すのみです。読むたびにワクワクさせてもらって上橋さんには感謝の念さえいだくほどです。
      この天と地の守り人の文庫本の巻末にファンタジー作家三人の対談が入っているのだけど、それがまたとても面白いんですよ。ファンタジー作家の頭の中は常に想像力で溢れかえっているのです。そんな人たちの対談が面白くないわけはないというのは、考えるまでもないですよね。
      守り人シリーズは日常からかけ離れたようなお伽話ではないです。もちろん現実とはまったく違う世界の話でありながら、リアリティをすごく感じることができる。例えば指輪物語に対しては僕はあまりリアリティーを感じないのだけど、守り人シリーズは描写にも登場人物の視点からも何か親しみを感じることができるのです。
      あと二冊で終わりかあ、少し寂しいなあと思っていたら、なんと守り人シリーズの最新刊が出るようなことをTwitterで見たのです。外伝だそうです。とても楽しみです。
      | Moblile | 11:12 | comments(0) | - | pookmark |
      iPhoneの話。
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        原因はiTunesの最新版のアップデートなのかな。一昨日の夜に最新のものにアップデートしたあとにiPhoneに入っていた曲が消えていて昨日気がついたのです。
        それでおかしいなあと思いつつまたMacBookに繋げてみてもやはり曲が転送されないんですね。こいつは困ったって事で、タイムマシンで戻ったんですよ。iTunesをアップデートする前に。
        ドラえもんかっ?!
        って思った人。あなたはおそらくMacを使ってないでしょう。
        ヘヘン!
        Macには過去に戻れるタイムマシンがついてるんですよ。
        Macを買うともれなくついてくるんです。机の引き出しを開けて中に入るとタイムマシンがあって、それに乗って過去に戻れるのです。でも、そのタイムマシンでは未来に行くことはできません。未来は自分で切り開いていくものですからね。just kidding
        そういうわけで、タイムマシンを使い過去に戻った僕のMacにiPhoneを繋げたのですが、あれ?!やはり曲が転送されない。うーん。困ったぞ。
        そして、iPhone自体を復帰させてしまおうと思い立ったわけです。全てをクリアにして、入れ直すことです。たぶん、お酒の勢いもあり。iPhoneについて考えることに対してのめんどくささもあり。エイッ!って復帰ボタンを押して全て入れ直したのです。
        結構な時間がかかりました。
        しかーし、曲がまた転送されないどころか、今度はアドレス帳まで転送されないではないですか。
        おいおいおい。これじゃ音楽を聞けないどころか、誰とも連絡も取れないじゃん。困るよキミー!
        そこで、写真家思い出した!iPhoneの方にもたしかタイムマシン的なものがあったんではないかしら?!
        そして探して、見つけたのです。タイムマシンではないけれど、なんだかそんなようなやつ。(要するにただのバックアップ)

        そしてiPhoneは過去に戻り、曲も無事に転送されました。

        ああ、疲れた。

        そう思った時に振り子時計がなりました。

        カーン。

        カーン。

        に、2時かい。。

        マジかい。。
        | Moblile | 15:24 | comments(0) | - | pookmark |
        振り子時計の話。
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          うちにある振り子時計は祖母が使っていたもので、壁掛けのゼンマイ式のものです。

          いつごろ作られたものかよく分かりません。たぶん60年代ではないかなと思います。たしかメーカーはaichiなんとかと書いてありました。愛知県で作られたものなのかもしれません。

          その時計は毎時その時刻を鐘の音の数で知らせてくれます。三十分毎にも一度鐘が鳴り、知らせてくれます。なので、昼の一時と一時半には両方一回ずつ鐘がなるので、その時だけは鐘の音だけで時刻を判断するのが難しいのです。

          それにしてもゼンマイを巻くだけで、作られてから何十年たった今でも正確に時を知らせてくれるのです。アンティークのものにはとてもロマンがあるなあと思うんですよ。

          実は昨年のこと、いつものように時計が止まってしまったので、僕はゼンマイを巻きました。

          時計の正面は窓の様になっていて、開けると振り子の左手にゼンマイを巻くためのネジ巻きがあります。そのネジ巻きを時計の文字盤の横にある穴に差して回します。すると『カチカチ、カチカチ』とゼンマイが巻かれていきます。しかし巻具合はいつも判断が難しく、それまでは、なんとなく感で巻いていました。しかし、その日は巻きすぎてしまいました。ガコンという音とともに巻いたゼンマイが戻ってしまったようでした。仕方なく僕はまた巻き直し、振り子をそっと押しました。

          すると、いつもはカチカチと良い音がする振り子がなんだかスカスカしたような音しかせず、しかもそのあとすぐに振り子は止まってしまいます。

          また振り子を押してみました。けれどやっぱり止まってしまう。

          時計を壊してしまったようでした。

          人によっては振り子時計は耳障り思って気になる人もいるだろうと思いますが、僕は使ううちにこの振り子時計がなんとなく気に入っていたようです。なんというかリズムをずっと一人で刻んでいるこの時計がとても健気に思えたというのもあるし、デザインも素晴らしい。シンプルで飽きがこない。そして止まる度にゼンマイを巻いて時刻を合わせていたら、自然と愛着が湧いてきたのかもしれません。

          だから、壊してしまったことをとても残念に思いました。それからずっとその死んだように動かなくなってしまった振り子時計を眺めるたびに、僕は寂しく思っていました。

          そして昨夜のこと。本当になぜだかは分からないけれど、その時計が妙に気になって、壁から外して、中を覗いてみました。もちろん僕には全然その時計の仕組みなんかわからない。そして、ただなんとなく人差し指でゼンマイをそっと撫でてみました。

          それから、ゼンマイを巻き直し、壁にかけてみました。

          そうしたら、なんとまた振り子がシッカリとカチカチと音をたてて反復運動を繰り返しはじめたのです。そしてしばらく様子をみていても止まらなかったのです。驚きました。僕壁から下ろしてゼンマイを人差し指で撫でる以外には何もしてなかったのですから。

          そして時計は今朝もしっかりと振り子を振って動いていました。

          まるでこの時計は生きていて心があるようで、僕はなんだか嬉しくなりました。祖母から譲り受けたこの時計をこれからもっと大切にしてあげようと写真家は思ったのです。



          ちなみに、ゼンマイの巻具合は実は時計の正面にある赤い丸で判断するということが、昨日偶然分かったのです。たぶん、そこはずっと壊れていたから赤いままだったようです。以前は巻いても緩んでも赤のままでした。

          昨日ゼンマイを撫でたあとに、ゼンマイを巻いてみたら巻き具合によってその赤い丸が上に上がって下から白が出てきたのです。

          要するに、巻きが緩くなると赤くなり、巻くと白くなるというわけ。

          昨日、振り子と共にそこも直ってくれたみたいです。

          | Moblile | 15:49 | comments(0) | - | pookmark |
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